塩田武士『存在のすべてを』レビュー|あらすじ・感想・口コミ【評価・評判】

小説

この記事はAudible版を聴了後執筆しています。

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かつて起きた誘拐事件と、そこに残された空白の3年間。
第21回本屋大賞で第3位に選ばれた『存在のすべてを』は、新聞記者が追う真相と、育てること・守ることの意味を静かに問いかける長編小説です。

この記事では、

  • 『存在のすべてを』のあらすじや世界観
  • SNSでのリアルなレビューや口コミ
  • おすすめしたい人

など、作品の魅力をわかりやすく紹介しています。

塩田武士作品が初めての方や、社会性のあるテーマと人間ドラマをバランスよく味わいたい方、小説の余韻をじっくり味わいたい方の参考になれば幸いです。

塩田武士『存在のすべてを』とは? ジャンル・あらすじ・世界観

塩田武士『存在のすべてを』とは? ジャンル・あらすじ・世界観

この章では、『存在のすべてを』の基本情報と、物語の背景・設定をわかりやすく紹介します。

『存在のすべてを』の概要

『存在のすべてを』は、2023年に朝日新聞出版から刊行した長編小説。
著者の塩田武士さんは元新聞記者という経歴を活かし、社会問題と人間ドラマを融合させた作風で知られています。

本作では、事件の真相追及だけでなく、「育てる」「守る」「赦す」といったテーマを丹念に描き、2024年に第9回渡辺淳一文学賞を受賞し、本屋大賞では第3位にランクイン。
批評的評価と一般読者の支持を兼ね備えた作品として、多くの読書家に“今年の一冊”として推薦されています。

ジャンルとしては「社会派ヒューマンミステリー」に分類されますが、ミステリーの枠にとどまらず、静かな余韻と象徴性を残す“人間小説”としての側面も強いのが特徴です。

ちなみに大賞は宮島未奈さんの『成瀬は天下を取りにいく』、2位は津村記久子さんの『水車小屋のネネ』でした。

『存在のすべてを』のあらすじ・世界観

平成3年(1991年)神奈川県で発生した「二児同時誘拐事件」―――小学6年生の男児と、4歳の男児がほぼ同時に誘拐されるという前代未聞の事件から物語は始まります。

小学6年生の男児は無事に保護されたものの、4歳の内藤亮は行方不明のまま。
そして、世間が事件を忘れかけていた3年後のある日、亮は突然、祖父母の元に戻ってきました。

しかしながら彼の口から3年間の出来事は語られず、真相は封印されたまま時は流れ―――事件から30年後、亮が若くして写実画家になったことがSNSで話題になると、止まっていた時間が動き出します。
封じ込められていた誘拐事件の痕跡が、再び人々の心をざわつかせ始めるのでした。

亮の過去に迫るのが、新聞記者の門田(もんでん)です。
大日新聞の社会部に勤める彼は、かつて事件を担当していた刑事の死をきっかけに、失われた空白の時間と向き合うことになります。

取材の中で明らかになっていくのは、事件の裏に隠された“情愛”と“信念”。
そして、社会的正義とは別の、もっと人間的な何か。

本作は、『罪の声』の“アンサーノベル”とも評されており、記者の使命感の描写などテーマに共通性がある一方で、前作で救われなかった子どもたちが救われるという点では、前作よりも希望や救済感が強まった作品です。

『存在のすべてを』の評価が高い理由

『存在のすべてを』の評価が高い理由は?

ここでは、作品が評価されている背景や魅力について、具体的に見ていきましょう。

登場人物の描写が丁寧でリアル

本作に登場する人物たちは、いずれも明確な善人や悪人としては描かれず、それぞれが矛盾や迷いを抱えて生きています。

主人公・門田は、記者としての「真相を追い、社会に伝える責任を果たす」ことへの揺るぎない信念と、取材対象に対する人間的な情がせめぎ合う人物で、現実の私たちと地続きの存在。

また、事件に関わる周囲の人間──家族、教師、画商、報道関係者といった立場の異なるキャラクターにも背景や動機が描かれ、それぞれの「事情」や「選択の必然」が丁寧に描かれているため、どの立場にも感情移入しやすくなっています。

社会性と感情のバランスが絶妙

誘拐というセンセーショナルな題材を扱いながらも、制度や家庭環境といった社会的背景を丁寧に織り込みつつ、単純な善悪では語れない葛藤の物語としての深みも両立しています。

登場人物たちの人生を通じて自然と考えさせる構造には社会派ミステリーにありがちな重苦しさはみられず、あくまで「人を描く」物語として読後の満足感が高く評価されています。

ラストの余韻と象徴性が印象的

クライマックスのじんわり広がる静かな衝撃はすべてを語らず、自分自身の価値観で物語を締めくくるように仕向けられます。

物語を通じて積み上げられてきた登場人物たちの選択や葛藤が、ラストでいっきに象徴化され、読後には“何が正解だったのか”という問いが強く残る結末となっています。

『存在のすべてを』を読んだ感想

平成3年(1991年)に発生した未解決の誘拐事件を、30年後の現代、一人の記者が追う――。
塩田武士氏の『存在のすべてを』は、その静かな追跡の先に、人間の愛と罪を深く描いた圧巻のヒューマンドラマでした。

物語の核にあるのは、登場人物たちの繊細な心情描写。それぞれの痛みや希望、心の揺れが丁寧にすくい取られており、どの立場の人間にも深く思いを馳せずにはいられません。

この作品のリアリティを支えているのは、作品のテーマでもある「写実絵画」を文章で描いたような、細やかな情景描写の積み重ねでしょう。
光や空気、人の仕草や沈黙といった、日常のささやかな瞬間までを克明に描き出す筆致は、物語全体に確かな質感とリアリティをもたらしていて、この緻密な描写が単なる美しい情景に留まらず、「人が何をもって存在するのか」「自分という輪郭はどこにあるのか」という、根源的な問いへと繋がっていくように思いました。

時系列や視点が幾度も切り替わるため、読み進めるには集中力が必要でしたが、これもまた、登場人物たちの記憶の重なりや、時間の流れそのものを体感させ、作品世界に圧倒的な深みを与えていたように思います。

日常のささやかな一瞬一瞬の出来事を通して、私たちの“存在”がどう影響され、どう形づくられていくのかを、静かに、そして力強く描き出す手法は見事と言うほかありません。

重いテーマを扱う一方で、中盤に描かれる女子高生の小さな恋愛エピソードは印象的(*´Д`)。
少女小説のようで微笑ましかったり、恥ずかしかったり。

そして、物語を通して向き合わされたのは、「罪とは何か」という現実でした。
被害者も加害者も結局は人間であるということ。
流されただけかもしれない、他に選択肢がなかったかもしれない――それでも罪に問われる理不尽さ。
その一方で、権力を持つ者の欲や支配が裁かれないという社会の矛盾。
静かな憤りが、作品全体の根底に深く流れています。

そして、塩田作品に一貫して流れるテーマ「誰も完全な悪人はいない」は、誘拐事件の鍵を握る亮の実母という存在に象徴されていたように思います。
彼女は母でありながら、母であることを許されなかった人。
世間で語られる“母性”という言葉に違和感を覚える人間としては、どこかで「正しくあれなかった自分」と彼女を重ねてしまい、心の奥になんともいえない痛みが残りました。

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『存在のすべてを』はどんな人におすすめ? 合わない人は?

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作品の雰囲気やテーマから、合う読者・合わない読者の傾向をまとめました。
ご自身の読書スタイルに合うかどうか、ぜひ参考にしてください。

おすすめしたい人

  • 社会性のあるテーマと人間ドラマが融合した小説を読みたい方
  • 心情描写が丁寧な作品が好きな方
  • 事件の真相よりも“人間の選択”や“記憶の重さ”に興味がある方
  • 塩田武士さんの『罪の声』が好きな方

こういう人には合わないかも

  • スピード感のある展開や、意外性の強い結末を求めている方
  • ミステリーとして事件解決を主軸にした物語を期待している方
  • テーマが重すぎると感じる方
  • 気軽に読書を楽しみたい方

また、育児や家族、贖罪といったセンシティブなテーマが含まれるため、精神的な負荷を感じやすい方は読むタイミングを選んだほうがいいかもしれません。

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テーマや雰囲気が近い、心に残る作品を3冊ご紹介します。
次の一冊選びの参考にしてみてください。

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2. 『火のないところに煙は』

3. 『満願』

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まとめ|育てることを問う社会派ミステリー

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『存在のすべてを』は、事件そのものよりも、その裏側にある人間関係や心の動きに焦点を当てた作品。

登場人物たちがそれぞれに葛藤や後悔を抱えながら、自分なりの答えを模索していく姿は、読み手の心に「自分ならどうするだろう」と静かに問いを投げかけてくるでしょう。

派手な展開や謎解きの爽快感はありませんが、じっくりと向き合うほどに味わいが深まるのがこの物語の魅力かもしれません。

読み終えた後も、登場人物たちの選択や言葉がふと頭をよぎる―――そんな余韻に浸れる読書体験を求めている方に、ぜひ手に取っていただきたい一冊です。

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